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津軽三味線奏者 福居一大さん

更新日:2018年9月14日

最後列のお客様まで想いが届くように 一音一音、全身全霊を傾けて弾く。

身長191センチという大柄な身体から繰り出される、ダイナミックさと繊細さを兼ね備えた津軽三味線の音色。10代半ばから演奏活動をはじめ、今年40歳を迎えた津軽三味線奏者の福居一大さん。来る平成30年9月23日には越谷で初めての自主コンサートを開催予定で、その意気込み、そして津軽三味線への思いを伺いました。

プロフィール

昭和53年6月14日、東京都墨田区生まれ。現在、越谷市在住。民謡を愛する一家に生まれ育ち、10歳で津軽三味線「福居流」福居典大師匠に師事。若干17歳で福居流師範「福居一大」を襲名。
平成12年、22歳のとき財団法人日本民謡協会主催の津軽三味線全国大会で三代目チャンピオンとなる。国内外での演奏活動の傍ら、NHKの民謡番組で音楽監督を務めたり、南九州に伝わる弦楽器「ごったん」の普及にも尽力するなど、幅広い活動を続けている。

家族を喜ばせたくて津軽三味線の道へ

 「祖父母も両親も民謡好き。子守歌もドライブのBGMも民謡という環境で育って、幼い頃は日本には民謡という音楽しかないと思っていました(笑)。民謡を好きにならざるを得ない状況ですよね」
 そう語る一大さんが津軽三味線をはじめるきっかけは、現在、プロの奏者として活躍している実姉・福居典美(てんび)さんが、高校入学を機に津軽三味線「福居流」の家元・福居典大師匠に師事したこと。その姉の後を追うように、一大さんも10歳で師事します。
 「そのころ僕は音楽好きの親戚にもらったドラムに夢中で、正直津軽三味線に興味はなかったんです。でも民謡舞踊の師範だった祖母に津軽三味線を弾いて見せると、大喜びしておこづかいをくれて。おばあちゃん子の僕としては、祖母の笑顔が見たい一心でしたね」
 趣味として習い続けていた17歳のとき、家元から津軽三味線で生きていかないか?と師範への誘いを受けます。
 「僕は高校を卒業したら料理人になるつもりでした。父が料理人で母と一緒に店をやっていて、お客さんを喜ばせる父の姿に憧れがあって。父も継ぐことを喜んでくれていたはずなんですが、家元に『息子さんは素質があるから』と口説かれたらしく、料理人より津軽三味線をやったらどうかと言い出したんです。その言葉を聞いて、家族が喜んでくれるなら津軽三味線でやっていくか!とパッと心
が決まったんです」と一大さん。

技術を磨く力になった姉と西洋音楽の存在

 平成7年、姉弟そろって「福居」の名を襲名し師範に。当時は名前に恥じないようにとの思いから、姉弟2人、毎日12時間以上練習する日々を送っていたそうです。
 「津軽三味線の魅力はアドリブと即興。今日弾いたフレーズが明日は通用しないという世界で生きていくためには、やはり技術が重要なんです。身近に抜群のテクニックを持っている姉がいたからこそ、僕も技術を追求していけたと思います。姉の存在は大きいですね」
 猛練習の成果が出たのは平成12年、一大さんが22歳のとき。前年吉田兄弟が受賞した津軽三味線の全国大会で、一大さんがチャンピオン、典美さんが準優勝に輝きます。
 「この優勝で家元や家族の期待に応えられた気がして、うれしかったですね」
 それから約20年。一大さんは津軽三味線の技術を磨いていく傍ら、ピアニストとのユニットやベースやギターと和楽器を組み合わせたバンドプロジェクトなど、異ジャンルの音楽とのセッションにも力を注いでいます。
 「五線譜の世界の西洋音楽と、譜面には描けない勘どころで演奏する和楽器。かけ離れた音楽世界を歩み寄らせることで新たな音楽の魅力を創造するのは、すごく有意義。また西洋音楽から受ける刺激が僕の音楽性や演奏スタイルを広げてくれるので、欠かせない活動ですね」

「いま死んでもいい」そんな気持ちで弾く

 津軽三味線に出会って30年の一大さんは、ここ数年で津軽三味線との向き合い方や弾き方に変化があったと言います。
 「大きく変わったと思うのは、一音一音への集中力。いま死んでも後悔しない弾き方をしようと。そういう気持ちで舞台に立つようになってから、今まで以上に自分の体の一部のように津軽三味線のコンディションが分かるようになりましたね。津軽三味線は湿気や乾燥にすごく弱く、その日のコンディションに合った弾き方をしないと皮が破れることもあるし、音にも違いが出ます。たとえ津軽三味線にとって良くない状態でも演奏のクオリティは絶対落とさない。プロとして当然ですが、僕のポリシーですね」

やりたいことを凝縮した越谷初のコンサート

一大さんは生まれたときから越谷に縁があります。
 「父方の祖父母が越谷に住んでいたこともあって、生後間もなくから4歳まで越谷に住んでいました。その後千葉に転居したのですが、また縁あって11年前から越谷に住んでいます。地元意識は結構高くて、初詣は必ず久伊豆神社、『越ヶ谷宿』という地酒も飲んでます(笑)。そして僕が愛用している津軽三味線も越谷産。和楽器業界で有名な宮本町の美鈴屋の職人さんに作ってもらっているんですよ」
 そんな一大さんが、来る平成30年9月23日、地元越谷で初の自主コンサートを開催します。
 「産業フェスタや埼玉県立大学の学園祭など、過去に市内のイベントで演奏したことはありますが、自主コンサートは初めてなので、かなり力が入っています。19年間バンドマスターとして一緒に活動しているピアニスト鈴木裕子さんとのセッション、プライベートでも付き合いのある元幕内力士でいまは歌手として活動している大至(だいし)さんとのショー、そして津軽民謡歌手の秋元マサ子先生を交えた演奏など、自分が今やりたいと思っていることをたっぷり盛り込んだ内容になっているので、ぜひ聴きに来てほしいです。絶対損はさせない自信があります!」
 越谷にはいい津軽三味線奏者がいるんだ―市民の方がそんな風に自慢に思える演奏家になりたいと最後に語った一大さん。見ると圧倒される超絶技巧のバチさばきにぜひ注目を。

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広報こしがや季刊版 平成30年秋号(平成30年9月15日発行)に掲載

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