コトリエとは越谷市越ヶ谷本町にある、こどもの造形アトリエです。
全国でこどもたちとのワークショップや子どもと関わる大人たちに向けた研修・講演を実施している、ひでちゃんこと矢生秀仁さんが代表を務めるこども環境デザイン研究所が運営するこどものアトリエです。
今回はコトリエのことひでちゃんのことなどを聞いてきました。
コトリエのコンセプト
1.じぶんできめる
何を描こうか、何を作ろうか。
道具や材料は何を使おうか、どこが完成か。
制作のはじまりからおわりまで、ぜんぶを自分の興味・関心から決めて、描きます。作ります。
2.ひとりひとりのペースを大切に
時間をかけて作りたい、どんどん新しいものを作りたい、じっくり考えたい、資料や本を読んでアイデアを充電したいなど、一人一人のペースで過ごせる雰囲気を大切にしています。
3.たのしいメンバー
コトリエには、あなたのほかにも夢中になって活動しているメンバーがいます。
お互いの刺激になったり、時には協力したりもできる、魅力的な仲間たちです。
代表の矢生秀仁さんこと、ひでちゃんってどんな人?
【 学生時代と親子関係 】
高校生の頃はラグビー部に所属していて、ラグビーのために学校に行っていると思っていました。
そこで、学校には時間割がありますが、自分の過ごし方は自分で考えよう”と自分の中だけでもう一つの時間割を作りました。
部活最優先の時間割に勉強の二文字はありません。笑
朝練したり、昼休みに練習ができるように早弁したり、放課後の練習に備えて休息したり、イメージトレーニングをしたり(というよりも妄想)、スラムダンクを読んで士気を高めたり、笑
そんな学校生活でした。
テストについても「テストとはなんのためにあるのか?」ということを考えた時、今の自分の学力の状態がわかることがテストの役目だから、自分の場合は勉強をやってないことが 先生に伝わることが正しいテストの受け方だという考えに至りました。
だからテスト勉強もしない。
それでは本来のテストにならないから。笑
そのため成績はいつも低かったです。
でも、そういう考えや生活スタンスを面白がってくれたのが母でした。
母は基本的に僕の思いや考えを尊重してくれる人で、その後の進路や仕事について選択をする時も「やめたほうがいい」と止められることはありませんでした。
それはとても有難かったですね。
【 活動に至るまで 】
進路を考えるようになって、あらためて自分の一日を(放課後をのぞいて)自分で決めなくなったのはいつからだろうと考えたら、それは時間割がはじまる小学校からだということに気づきました。(時間割のない学校もありますが)
一方で、幼稚園時代までは毎日自分の好きなように一日を過ごしていました。
そのことを思い出した時、幼稚園時代の毎朝のワクワク感や気楽さが鮮明に蘇りました。
そこに何か大きなヒントがあるような気がしました。
朝起きて、今日にワクワクする感覚、自分の判断でどんな風にもなるという感覚を思い出せたということは、逆に経験していなければ思い出せません。
または見逃してしまう感覚 なのかもしれないと思いました。
そう思った時に、「乳幼児期とは、感覚や価値観の土台を作っている時期である」という考えに、実感を持って着地しました。
それで、僕自身は幼稚園育ちだったこともあり、幼児期という原体験、初体験がたくさんの時間に関われたら素敵だなと思ようになりました。
そして、こういう話を母とすると「お母さんは親としての考え方や姿勢を幼稚園の先生にたくさん教えてもらったのよ。」と聞いたので、子どもだけでなく親にも関われたらとも思いました。
そうして入ったのが文教大学の教育学部です。
最初は幼稚園の先生になることを考えていましたが、教育実習で小学校へ行くと小学生の大変さ、学校の活動のアンバランスというのを目の当たりにしました。
例えば、僕は運動会シーズンに実習に行ったのですが、学年のダンス発表練習でのこと。
すごく楽しそうに踊っている女の子がいたのですが、その子は周りとズレているという理由で厳しく指導されてしまいました。
その後のその子の表情や踊りのぎこちなさと言ったら、何とも切ないものでした。
先生の伝え方によって彼女はもっとイキイキしたかもしれませんし、全体で息が合った時の楽しさをこどもたちに感じてほしいから指導するというのもわかります。
ですが、プロダンサーなわけでもなく、踊ることの楽しさを体感していた彼女が、自分よりも集団に合わせることが一つの正解として、萎縮するまでの指導というのは、何のためなのだろうと考えてしまいました。
また運動会の種目を全員が強制的にやらなければならないということも違和感でした。
これが大人の運動会であれば、走りたい人が走るし(場合によっては周りとの付き合いで走るという場合もあるのでしょうが)、自分は走らず応援して楽しみたい人は応援するという参加の仕方が成立します。
だけど、子どもたちにはそれができない。
そういう場面を色々見る中で、全体的に一番感じたことは、「学校内の活動・行動は正解が決まっている」ということでした。
学校を卒業した後の世界、つまり大人の社会では、生きる上での正解は人それぞれなのに、学校の中では授業にしても行事にしても、どうしても子どもに求められる正解は一つになりがちです。
僕はそこに違和感というか、学校の弱点があるのだと思いました。
誤解しないで欲しいのは、学校は集団行動や一つの正解ばかりだから悪いという話ではなくて、偏った性質があるということでした。
ましてや放課後も習い事が増えたり、自由に遊べる公園や空き地も減ったので、そのアンバランスな偏りは益々傾いているように感じました。
そんな中で、僕の周りにも学校の先生を目指す友人がたくさんいたので(今はみんな中堅としてがんばっています)、それならば僕は反対に答えのない体験、集団よりも個々が大切にされるような体験のきっかけを作れたら、少しはバランスがとれるのではと考え、表現活動のワークショップをやろうと思いました。
(ワークショップの内容は、例えば、みんなの夢の学校のジオラマを作る。その学校にはどんな教室があって、どんな先生がいて、どんな時間割があっても、もちろん時間割がなくてもいい。そういう考えを工作で表現して、みんなの作った作品を合わせると夢の学校が出来上がります。そういう活動の中で“考え方や正解って人によって色々だよね。”っていうのを自然に実感してもらえたらいいなと思っています。)
そうして、大学四年生の時に就職はせず“出前型のワークショップの仕事を作ろう。”と決めて、サークルとして仲間を集めて活動を始めました。
最初から「面白そうね」と依頼してくれる方もいれば、「ボランティアじゃないんですか?」と言われたこともありました。
そこから13年たった今は、おかげ様で全国の幼稚園や保育園、学校などでのワークショ ップと、保育者・教育関係者向けの講演を仕事にさせてもらっています。
また先生になった友人とこどもたちとのワークショップや研修でコラボすることも実現できるようになりました。
子ども達との造形活動について
【コトリエ立ち上げ】
全国各地の保育・教育現場に行っての子どもたちとの関わりはたくさんありますが、地域に根ざして子どもたちと関わる機会というのはそう多くはありませんでした。
また、昔は放課後の学校とか家とか秘密基地とか駄菓子屋、空地や草原でやっていた子どものあそびも、今は町の中から減っていました。
そこで、越谷にそういうこどもの場所が、それも表現活動に専門の秘密基地のような場所が作れたら面白いのではと、コトリエをひらきました。
ちょうど先日、あるクラスの小学5年生の女の子が、おしゃべりの中でコトリエと学校の図工の違いを言葉にしていました。
「学校の図工は内容も方法も決まっているから、それを知って作る楽しさがある。」
「コトリエは何を作るのかも、いつまで作るのかも自分で決められるから、そこが面白い。」 だそうです。
子どもたちはコトリエに来て、何も作らずに、作れずに帰る日もあります。
ですが、アイデアが浮かばない時間というのは創作にはつきものですし、そういう葛藤や悶々とした時間も含めて表現の活動だと思っています。
ですから、こちらから提案したり、サポートしたりはしません。
そのかわりに、自分で立ち直ることを信じ続けます。 “悶々とした気持ちを持ち帰って、それでも次の週は、よーし今日も作るぞ。”と、今日の自分に期待してコトリエにやって来る。
そういうことに価値があると思っています。
【大変だったこと】
先ほどお話したように表現活動には試行錯誤や葛藤がつきものです。
また、学校の授業や行事が忙しい時は、ヘトヘトで表現活動どころではないという日もあります。
そういう時は、友達同士でおしゃべりしたり、なんとなくぼんやり過ごして時間が終わることもあります。
そういう時間の価値も含めて、保護者の方に理解してもらうことが大変ではありました。
【企画してよかったこと】
子ども達がみんな楽しんでいるということが何よりだと思います。
テーマがないと、大人が教えてくれないと、ルールを作ってコントロールしてくれないと、誰かが評価してくれないと、子どもは集中して活動できないと思われがちです。
ですが、そんなことは全くありません。
子ども達はこの場所をちゃんと使いこなしています。
歳も、3歳も10歳も、12歳も年齢問わず。
先日も、ある子は家からミシンを持ってきて裁縫をしていて、またある子はレジンのセットを持ってきてアクセサリーを作ったり、その隣ではダンボールで迷路を作っている男の子がいて、その隣では木工で椅子を作ってる子がいる。
まさに作業場。
それがコトリエの日常風景です。
子どもの力を存分に見せてもらっています。
【これからの方向性】
子どもたちからは中学生クラス開設の要望がきているし、「コトリエ」に入りたいというお問い合わせも多くいただいているので、それに応えて、より地域のこどもたちが楽しみな場所にする。
それを継続していくというのが何よりなのですが、今はスタッフが足りません。
もしこうした僕の考え方、コトリエの方針に共感してスタッフにご興味のある方はぜひ「手伝いたい!」とホームページの問い合わせフォーム、またはフェイスブックからご連絡ください。笑
あと個人的には今、絵本を作っていまして、来年の5月に三冊発売することが決まりました。
僕自身は、美術を専門に勉強してきたわけでもないですし、子どもの頃は図工も苦手意識のある子どもでした。
ですが、自由帳にお絵かきすることだけは、ずっと好きでやっていました。 またコトリエの子どもたちにも普段から、「上手下手とか、賞を取れたとか取れないじゃな くて、自分が好きかどうかが大切だと思うよ」と話していました。
そこで、僕自身も、自分の「好き」だけを突き詰めて形にできればと思い、絵本という形になりました。
街の本屋さんでも手にとっていただけると思うので、楽しみにしていてください。
◆編集後記◆
今回、念願だった「コトリエ」に伺うことができて嬉しかったです。
ひでちゃんと出会ったのは10年以上も前の事になります。
サンシティホールのワークショップで、子ども達と様々な素材を使い、テーマに向かってみんなで造り上げる場…。
その時に子ども達と話し合う姿勢、裏づけされた準備物、子どもの捉え方などとても共感しました。
取材を通じ、ひでちゃんが子どもの力を信じ、それぞれの子どもの伸びていく姿を見守り、応援している事の意義がとても良く分かりました。
そしてそれはご自身の生きてきた道筋の中で、辛い事もあったけれど温かく見守る大人に支えられて、力を得ていることも大きな火種となっているのではないかと思いました。
誰かが見ていてくれると感じることは、とても大事です。
大人は"待つ”事が難しいです。自分が子どもの頃の事は棚上げし、自分の立ち位置から指示をしがちですが、子どもは迷いの中で思いを巡らし、自分なりの答えを生み出していくと思います。
その過程は、それぞれです。その時間を共有してあげられるかどうかで、子どもが自ら生きていく力を養えるかどうかに、かかってくるのではないかと思っています。
お話を聞いて、ひでちゃんに救われた子どもは、心に自分の火を灯す事ができて幸せだなと思いました。
ありがとうございました。やまぴー
子どものうちから空気を読める子って「良い子だね」ってなりがちですよね。
大人に気を使って、自分の気持ちを抑えてしまう。大人も求めるし。
評価を求められるから模範的な行動や回答を探しちゃいます。本当の気持ちはどこへ行ってしまうのでしょうか?
気持を惹きたいとか、褒められたいとか、少数派になると怖いとか・・・いろいろな理由があると思います。
でも、少数派でも自信を持って「私は、僕は、こうです。」って言えたらきっと過ごしやすい。
みんなが、少しの思いやりと自分の意見をストレートに表現できたら、きっと素敵な世の中になる。
そうなるヒントが、ひでちゃんの話やコトリエの中にあると思いました。
大人の価値観や尺度を遥かに超えたキラキラやドキドキだとかワクワクが子どもの中にある。
その無限大な可能性を大人の都合で狭めないようにしたい。私の課題でもあります。
とかく自分の意見をストレートに言う子は一筋縄では行かない事も多い!(笑)
自尊心という言葉をよく耳にします。私も時々使います。
私は子どもの頃、トンチンカンな事を言って人に笑われたら恥ずかしいな~。
大人に叱られたら嫌だな~。と思っていました。時代的にも評価的にも自尊心の低い子でした(笑)
評価を恐れずに自分の意見をストレートに言える子がどんな大人になるか私は楽しみです。
そして、私もひでちゃんのお母さんのようになれたらいいなって思いました。
ありがとうございました。ミサペイ
こどものアトリエ コトリエ 〒343−0806 埼玉県越谷市越ヶ谷本町8-3 (東武スカイツリーライン「越谷駅」 徒歩 約 10 分) |
(2019年12月クワイエメンバー やまぴー&ミサペイ)