写真で見る越谷(駅)

更新日:2020年12月21日

この地域に東武鉄道が敷設される前には、「馬車鉄道」が日光道中沿いに設けられました。道路に敷かれたレール上の客車を馬が牽引するものです。
しかしこれは様々な難点があって数年で廃止になり、明治32年(1899年)に東武鉄道が開通しました。
以来、この地域の発展に鉄道は大きな役割を果たしました。

越谷駅東口(昭和30年代)

夏の夕方、職場から駅に降り立ち、家路につく人々の姿を捉えています。少し疲れた様子の中にも、ほっとしている表情が見られます。
下駄履きの人も少なくなかったこの頃、中央の少女はソロバン塾にでも行くのでしょうか、カメラに気づいて少しはにかんでいます。

蒲生駅駅舎(昭和30年代)

駅舎脇のイチョウの大木は、遠くからも駅の目印となっていて、夏には汽車を待つ人々に涼を提供しました。
駅舎の一隅には下足箱があったそうです。周辺は水田が多く道路も未舗装が多かったので、東京方面に通勤する人は雨の日は自宅から長靴で駅に来て、そこで短い革靴に履き替えたそうです。

北越谷駅

武州大沢駅(昭和30年頃)

東武線最初の橋上駅となった北越谷駅

路線が高架になった北越谷駅東口(平成29年)

鉄道開通当初から大戦直後くらいまで、鉄道駅は「停車場」と言われました。市域の中で最初に設けられた停車場は、現在の「北越谷駅」です。当時は「越ヶ谷停車場」と呼ばれました。

大正9年(1920年)に現・越谷駅(当時の越ヶ谷駅)が設けられる前年、越ヶ谷停車場は「武州大沢駅」に改称され、さらに昭和31年(1956年)に「北越谷駅」となりました。

「武州大沢駅(昭和30年頃)」の写真の左端の箱は“街頭テレビ”と思われます。

お問い合わせ

教育総務部 生涯学習課(第三庁舎3階)

電話:048-963-9315

ファクス:048-965-5954