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越谷には江戸時代から続くお祭りがある~越ヶ谷秋まつり

ページ番号124881です。

こしがや子育てクワイエ・市民ライターのマユです!

今回は、越谷で江戸時代から続くお祭り『越ヶ谷秋まつり』を多くの方に知っていただきたく、久伊豆神社の禰宜で、越ヶ谷秋まつり保存会の小林威朗さんからお話を伺い、記事にしました。

『越ヶ谷秋まつり』は、令和8年10月10日(土曜日)~11日(日曜日)の二日間、旧越ヶ谷宿(旧日光街道の栃木銀行←→大沢橋手前、ふれあい広場←→越谷駅東口ロータリー)を神輿行列と8台の山車曳きが練り歩きます!

越ヶ谷秋まつりには、治水工事が絡んでいた!

久伊豆神社と氏子たちの関係には、元荒川の治水事業が大きく関係します。

江戸元禄時代、おおよそ1680年から1710年頃まで、元荒川は、久伊豆神社の近くにある天嶽寺裏から北東に流れ、現在の花田地区を囲むような川でした。
元禄時代の元荒川は、こしがやの民話スマッカラ地蔵を参照ください。

元禄時代は、久伊豆神社と氏子たちが住む町である現在の越ヶ谷八ケ町:本町1〜3丁目・中町・新石1〜3丁目・弥生町や宮本町は、神社と地続きでした。

しかし、1700年頃、氾濫が多かった元荒川は治水工事を行い、川の流れを変えました。現在の元荒川の位置になると、久伊豆神社と氏子たちが住む町は、元荒川を隔てることになり、久伊豆神社は川向うの神社になってしまいました。

 元荒川 地図
●現在の元荒川、久伊豆神社(赤枠)と越ヶ谷宿(青枠)

今まで地続きだった久伊豆神社と氏子たちの町の間に元荒川が流れることで、『越ヶ谷秋まつり』は他のお祭りと異なる形になりました。
 

越ヶ谷秋まつりは、他のお祭りとは違う!

では、越ヶ谷秋まつりは、他のお祭りとどこが違うのか?

お祭りの多くは、神社が祭り会場で、神様は神社に居て、そこでお祓いをしてお祭りをするのです。

しかし、『越ヶ谷秋まつり』は、氏子たちが住む川向うの町まで神様に来て貰います!
とは言っても、神様がてくてくと歩いてくる訳ではなく、神輿に神様を乗せて、氏子たちの町である越ヶ谷宿へ来て貰い、御仮舎(おかりや)に一泊して、氏子たちが住む町の発展を願う。これが『越ヶ谷秋まつり』の主旨です。

『越ヶ谷秋まつり』の準備は、越ヶ谷八ケ町が担います。伝統により八ケ町が順に年番町※を務め、その年番町内に御仮舎(おかりや)を建てて、祭り当日に神様をお迎えします。令和8年度の年番町は【新石二】。御仮舎は【ふれあい広場】に建てられます。

※年番町とは、まつりの中心となって運営や統率する当番の町内のこと。

 

越ヶ谷秋まつりの神輿を担げるのは、宮本町に住んでいる人だけ!

久伊豆神社最古の氏子は、宮本町との資料が残されています。また、昔の四丁野村、現在の宮本町にある迎攝院(こうしょういん)のお坊さんが久伊豆神社で社僧をしていました。その迎攝院(こうしょういん)の檀家である宮本町は、久伊豆神社の氏子として特別待遇でした。そういったこともあり、宮本町の「宮」は、久伊豆神社を指していると言われています。宮本町では、久伊豆神社の新年に飾るしめ縄づくりを行い、越ヶ谷秋まつりにあげる大きな幟も所有しています。

このような久伊豆神社との繋がりや重要な役目があるため、宮本町に住んでいる人でなければ、越ヶ谷秋まつりの神輿を担ぐことができません。

越ヶ谷八ケ町の氏子たちも越ヶ谷秋まつりの担い手ですが、神輿だけは絶対に担がない!
神輿が久伊豆神社に戻ってくると、年番町の人たちが神輿を預かり、神社へ戻すのですが、その際も、持ち手を肩に担ぐことはありません。そのしきたりは守られています。

越ヶ谷秋まつりの山車は、三輪!

神輿は宮本町の人が担ぎ、久伊豆神社から越ヶ谷八ケ町へ行進してきますが、神様に来て貰って氏子たちの町を見て回る祭りなので、越ヶ谷八ケ町が所有している山車は、久伊豆神社まで行きません。旧日光街道にある大沢歯科のところで、山車は迎態形で神様が乗った神輿を待ちます。そして、神輿行列の最後尾に、越ヶ谷八ケ町の山車が付き、練り歩きます。

久伊豆神社から越ヶ谷八ケ町までの道のりは、久伊豆神社を出発し、宮前橋を渡って、御殿町を通り、新道から越谷五丁目交差点を渡って、民家と民家の間の細い道を入って大沢歯科の角から旧日光街道へ出ます。昔からの資料にこのルートは残されていて、今も変更することなく同じルートです。

神輿ルート 地図
●久伊豆神社から越ヶ谷八ケ町までの道のり(赤線)

神輿を迎えた山車は、越ヶ谷八ケ町を練り歩きます。山車を曳く時はお囃子を鳴らし、木遣り唄を歌いながら、必ず御仮舎(おかりや)の前を通ります。御仮舎前では「神様、町に来てくれてありがとう!」の感謝を伝えます。

 

越ヶ谷八ケ町が曳く山車は、江戸時代の型を残した山車です。江戸時代は、三層構造でした。しかし、現在は、電柱・電線の兼ね合いで二層構造に改装しています。それでも、山車の上部が電線に架かってしまうこともあるため、山車には長い棒を持った人が乗り、電線に架からないよう対応しています。

山車の車輪(ハマ)は、昨今、四輪が多いのですが、越ヶ谷八ケ町の山車の車輪(ハマ)は、三輪。また、山車が軽量化されていて、前輪は持ち上げることができます。鳶頭の掛け声で前輪を持ち上げ、山車の方向転換をします。方向転換する際、道路にはハマの白い跡が残ります。その跡も山車曳きの醍醐味です。

そして、越ヶ谷八ケ町の山車は、祭りの前に一から組み立てて、祭りが終わると解体しています。江戸時代からある山車を、令和の時代に組み立て・解体している。時は経っても変わらないやり方がある、これも大事ですね。

しきたりがあるけれど、皆さんに楽しんで欲しい!

越ヶ谷秋まつりの準備は、越ヶ谷八ケ町が関係各所へ連絡をし、秋まつりまでの間、打ち合わせを重ねています。久伊豆神社からの神輿行列は、国道4号線を渡る際、信号待ちで行列が途切れない、でも、交通渋滞を起こさせない。これらを越谷警察署と細かく打ち合わせしています。

越ヶ谷八ケ町では【交渉要員】を選出し、安全な山車運行を行えるよう協議も重ねています。八ケ町がそれぞれ培ってきた伝統だからこそ、互いに厳しく指摘し合い、伝統を保つことができるのです。古いしきたりがたくさん残っているからこそ、無形文化財の指定をいただくことができました。

準備は、越ヶ谷八ケ町がしていますが、久伊豆神社では、神輿の保管と、神輿行列で持つ威儀物(いぎのもの)や衣装(お稚児さんの着物や裃)を保管しています。

越ヶ谷秋まつりの開催手順は、以下のようなしきたりがあります。
①年番町を中心に越ヶ谷八ケ町の本町1〜3丁目・中町・新石1〜3丁目・弥生町で開催について協議・合意
②年番町から神輿を担ぐ宮本町へ神輿を出して欲しいと依頼
③宮本町から神輿が出ることを久伊豆神社へ知らせる

 

様々なしきたりがありますが、多くの方々に越ヶ谷秋まつりを知って貰って、応援して欲しいです。

越ヶ谷地区だけの祭りではなく、越ヶ谷八ケ町と協力町となっている町内会もあり、自治会経由で子どもたちが山車を曳く、大人も祭りに関わりを持てる体制もあります。
そして、今年は、りそな銀行裏手にある大きな駐車場におまつり広場をつくり、休憩場・インフォメーションブース・救護などを置く予定です。そこがスタート地点として、【三神社・八会所・御仮舎めぐり】をします!三神社《市神神明社・中町浅間神社・新町八幡神社》、八会所《本町1〜3丁目・中町・新石1〜3丁目・弥生町》、そして、御仮舎(おかりや)の12箇所をすべて回り、スタンプが揃うと記念品が貰えます。越ヶ谷秋まつりにいらっしゃる多くの方、子どもから大人まで楽しんで貰いながら、祭りのこと、越ヶ谷宿のことを知って欲しいです。

越ヶ谷秋まつりが無形文化財に!

越谷久伊豆神社例大祭の山車行事(越ヶ谷秋まつり)は、令和8年1月26日、越谷市指定民俗文化財(無形民俗文化財)に指定されました。指定されたことで、越谷市とより濃く連携できるようになりました。越谷市教育委員会で、300ページのフルカラー冊子が出来上がりました。また、今後、越谷駅前に無形文化財の説明板も設置される予定です。

越谷市内だけでなく、越谷を訪れる多くの方に知っていただける機会になりそうです。

お祭りを守るには課題もある

今年は2年ぶりに開催ですが、このところ、5年ぶり、3年ぶりなど開催期間が空いてしまっています。期間が空いてしまうのは、祭りの担い手が減っていること、開催に多くの費用が掛かっていることなどが要因です。

担い手については、越ヶ谷秋まつりの歴史や祭りの魅力を発信していかなければならない。現在の担い手は高齢者が多く、越ヶ谷秋まつり保存会としては、若い世代への認知をあげるため、小学校へ出前授業をしています。

神輿を担ぐ宮本町では、宮本町に住んでいるから神輿を担ぐ!ではなく、しめ縄づくりから参加をして、しきたりある伝統行事を理解した参加者を増やしていきたいと考えています。

山車曳きの越ヶ谷八ケ町では、マンションが増えて、自治会加入者が減少しています。マンションに住んでいるから知らないではなく、まずは住んでいる地域の祭りを応援して欲しいです。

 

費用についても、今回は、初めてクラウドファンディングをしています。初めてのことをするのは勇気が要りますが、将来的なことを踏まえると、自分たちができることには取り組んでいます。協賛してくださったら助かります。

また、越ヶ谷秋まつり期間中、御仮舎(おかりや)とおまつり広場でもご寄付いただける場を設けます。

越谷市無形文化財の指定を受けたからには、定期的に開催しなければならないと感じています。そして、開催に向けた費用捻出のために、寄付を募る。そのためにも越ヶ谷秋まつりは開かれた祭りにもしていきたい。でも、一方ではしきたりを守る、しきたりを大事にする祭りにもしていきたい。そのように考えています。

 

取材を終えて

久伊豆神社へお邪魔して、取材時間を割いてくださった小林さん。越ヶ谷秋まつりの素晴らしさをたくさん語ってくださいました。

私自身、10年前の2016年に、初めて越ヶ谷秋まつりの神輿行列、山車曳きを観ました。厳かで伝統を感じる祭りを肌で感じ、なぜ、越谷市に住んでいるのに知らなかったのか? もっと早く知りたかった!と悔やみました。

それから、越ヶ谷秋まつりが開催の度、都合が付けば神輿行列や山車曳きの追いかけをしています!

そして、前回の令和6年に開催された越ヶ谷秋まつり2日間を、こしがや子育てクワイエメンバーが総力を挙げて追いました。今年の祭り前に雰囲気を味わって、そして、現場に観に来てください!

「5ぶりの開催谷秋まつり2024

【参考サイト】

久伊豆神社例大祭 越ヶ谷秋まつり

越ヶ谷秋まつり保存会

 

(2026年9月 byクワイエメンバー マユ)

このページについてのお問い合わせ

こども家庭部 こども政策課 (第二庁舎2階)
電話:048-963-9165
ファクス:048-963-3987

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