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こしがやエフエム放送の局長として、そして地域を盛り上げるリーダーとして活躍されている
棟方 智子(むなかたさとこ、愛称:sako)さんに、これまでの歩みやラジオに懸ける思いについてお話を伺いました。
それが全然!実はすごく内気な子だったんですよ。千葉の松戸市出身なんですけど、学校の班長とかも「絶対にやりたくない!」っていうタイプで(笑)。ずっと水泳とバスケットボールに打ち込んでいて、人前に出るなんて考えもしませんでした。
中学最後の大事な試合で、スリーポイントシュートを撃てる場面があったんです。でも、緊張でミスしてしまって、そのままタイムアップ。チームは負けてしまいました。最後にシュートを託されたのに、期待に応えられなかったショックは大きかったです。でも、その失敗のおかげで「自分はプレッシャーに弱いんだ」と自覚できて、その後の受験や困難を乗り越える糧になりました。
地域にインターネット回線が通じ始めた頃、自分でバイトして買ったパソコンで「ラジオ」って検索してみたんです。中学・高校とラジオを聴きながら勉強していたので憧れはあったんですね。そこで偶然、市川市のコミュニティFMがボランティアのパーソナリティを募集しているのを見つけて、迷わず応募しました。
はい。親を説得する勇気がなくて、最初は丸の内の商社で営業事務をしていました。でも「後悔したくない」と思って、平日はOL、夜間はアナウンサー学校、土曜の深夜は生放送という生活を始めました。事務職は意外と自分に向いていてハマったんですけど、やっぱり喋りの世界に挑戦したくて、最終的には会社を辞めて事務所に所属しました。
スポーツ実況の現場で場内アナウンスをしたり、スコアラーという仕事をしながらプロのアナウンサーの技術を学んだり、水上バイクやボートレースの実況、さらには1万4千人が集まるさいたまスーパーアリーナでMCを務めたりもしました。大観衆の熱量に圧倒されて言葉を失いそうになることもありましたが、あの現場で鍛えられた経験が今の私の土台になっています。
代表の越野の「地域に根ざした」ラジオへの思いに感銘して入社しました。その後、ラジオパーソナリティも続けながら2023年6月の台風第2号の水害を経験して、意識が変わっていきました。「ラジオはただの娯楽ではなく、命を守るツールなんだ」と実感したんです。
深夜、記録的な大雨が降った時です。最初は避難情報だけを繰り返していましたが、リスナーさんから「怖い」という心の声が届いたんです。その時、「情報の提供も大事だけど、不安に寄り添うことも必要だ」と感じて、急遽リクエスト曲を募って音楽をかけ、メッセージを読み上げながら「一緒に朝まで過ごしましょう」と語りかけました。
2027年は会長を務める予定です。特に力を入れたいのが、先輩方が20年前に生み出した「鴨ネギ鍋」の普及です。これが文化庁の「100年フード」に認定されたので、イベントだけでなく家庭料理としても浸透させて、100年先まで愛される越谷のブランドに育てたいという夢があります。

「ノーチャレンジング」です。一生懸命やるぞとガチガチに決まってチャレンジするより、やってみてダメならやめて改善すればいいんじゃない、という意味を込めています。でも、その裏には「人生を諦めない」という強い思いもあります。
今はネット社会ですが、だからこそ「誰も取り残さない放送」を目指したいです。情報を得るのが難しい高齢の方や障がいのある方、そして若い世代のキッズパーソナリティや高校の放送部の子たち。ラジオを誰にとっても「都合のいい、安心できる場所」にしていきたいですね。私自身、失敗だらけの人生ですが、だからこそ誰かの痛みに寄り添える放送を届けていきたいと思っています。
棟方 智子さん
「人も心もつながるまち、つながっていくまち」
