八坂神社

更新日:2017年2月24日

 奥州街道に面した、元は大相模郷の1つの村である見田方の鎮守で、天王社と呼ばれた古くからある神社でもあります。見田方は大相模の元郷ともいわれ、早くから開けた地と伝えられ、江戸時代は忍藩(おしはん)(今の行田市)支配地で、柿ノ木領八か村といわれました。境内にある大小の建物には、天文21年(1552)在銘の弥陀三尊図像板碑が納められています。そのほか、境内には文和8年(1811)銘の改刻賽神塔などが建てられています。
 改刻賽神塔はもと庚申塔(こうしんとう)(石の塔のこと)でしたが、明治元年(1868)神仏分離令の処置担当者として忍藩にかかえられた平田篤胤の門人木村御網が、「庚申塔(こうしんとう)などと申すな、賽神と昌之よ」と説いて、忍藩(おしはん)内の庚申塔をすべて壊させ、賽神に改刻させたといわれています。このため見田方村を中心に忍藩(おしはん)柿ノ木領八か村には、改刻賽神塔が数多くみられます。

鳥居 八坂神社の鳥居

社殿 八坂神社の社殿

オイテケ堀

 八坂神社裏手わきに昔は沼があり、そこに内池弁天が祀られていました。この沼は天明6年(1786)の関東洪水のときに、元荒川の堤防が決壊してできたもので、人びとはこの沼を「オイテケ堀」と名づけています。この沼の主は大きな白蛇で、人が通ると「オイテケオイテケ」と呼びかけ、沼に引き込むといって子どもたちを近づけなかったといわれています。

オイテケ堀 オイテケ堀

沼 現在は沼が干上がってしまっている

八坂神社までの行き方

所在地

越谷市大成町1-71

アクセス

東武伊勢崎線越谷駅東口下車、吉川駅北口、吉川団地、吉川車庫行きの朝日自動車(株)バスにのって、大相模保育所入り口バス停下車徒歩5分

周辺地図

問い合わせ

越ヶ谷久伊豆神社
電話:048-962-7136

※八坂神社については、越ヶ谷久伊豆神社にお問い合わせください