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歌手 市川由紀乃さん

更新日:2017年12月15日

「紅白に出たい!」と宣言した年に出場がかない、目標を言葉にする大切さを知りました

 平成28年、デビュー24年目にして念願の「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした歌手・市川由紀乃さん。近年は新曲を発表するたび、オリコンの演歌・歌謡曲チャートで1位となり、今最もカラオケで歌われる演歌歌手ともいわれるほどの人気を誇っています。越谷で育ち、さまざまな経験を乗り越えて25周年を迎えた市川さんにお話を伺いました。

プロフィール

 本名・松村真利。昭和51年1月8日、さいたま市生まれ。
 中学1年生のとき越谷に移り住み、光陽中学校を卒業。平成5年8月21日、高校在学中の17歳のとき『おんなの祭り』で歌手デビュー。平成13年に発売した『さいはて海峡』がオリコン演歌・歌謡曲チャートで初登場1位を獲得するも、翌年4月から活動を休止。
 平成18年に歌手復帰し、平成28年、デビュー24年目にして「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした。キングレコード所属。

母・兄とともに越谷での再出発

 市川さんは当時の浦和市(現さいたま市)に生まれ、歌が大好きな家族に囲まれて育ったそうです。
 「特に祖父母がいつも演歌を歌っている人だったので、幼い頃から自然に演歌を覚えていました。近所のカラオケ大会などで子どもの私が演歌を歌うと、周りのみんなが喜んでくれるのがうれしくて、次々新しい曲を覚えて披露していましたね」
 そんな市川さんは両親の離婚を機に、中学1年生のとき越谷に移り住みます。
 「母と兄と3人で越谷に引っ越してきた時は不安だらけ。でも編入した光陽中学校でいい友達といい先生に出会えて、本当に救われましたね。中3のとき、ほんの数日でしたが、学校に行きたくなくなったときも担任の先生が毎朝、ほら行くよ!と明るく迎えに来てくれて。越谷に来てよかったなとしみじみ思いました」
 多感な中学時代に演歌歌手への夢を抱き始めた市川さんは、歌謡大会やカラオケ大会に挑戦するようになります。
 「このころ、広報こしがやのわがまちこの人で取材されたことがあるんですよ。いろいろな大会に出ましたが、準優勝はできても、優勝ができなくて…」
 落選が続き、夢はかなわないのかと思い始めた16歳のとき、転機が訪れます。埼玉新聞社主催のカラオケ大会で優勝。大会を見ていた芸能関係者にスカウトされて、デビューのきっかけをつかみます。

デビュー10年目 燃え尽き症候群に

 スカウト後、演歌の大作曲家である市川昭介氏の門下生となり、その恩師の名字を芸名にして17歳でデビュー。全国各地のCD店やカラオケ喫茶を回る地道なキャンペーン活動を続け、徐々にテレビ、ラジオへの出演やオリコンチャートをにぎわす存在となってきた10年目、市川さんは活動を休止します。
 「新曲を出してキャンペーンをしてという繰り返しの中で、自分が成長しているのか、いい歌を歌うってどういうことなのかが分からなくなって。毎日泣いているような状態が続き、これ以上歌手を続けたら死んでしまう…そう思ってしまうくらい限界でしたね」
 事務所を辞めて約4年半、歌とは無関係の生活をしていた市川さんを再び歌の世界へ戻してくれたのは、お兄さんと恩師でした。
 「兄は生まれつき脳性まひでしたが、私が歌手であることをすごく応援してくれていました。でも兄には私が辞めたことが理解できず、何で新曲が出ないの?いつテレビに出るの?とかんしゃくを起こすようになって。そんな兄と接するうちに、自分がまだ歌を好きなこと、歌手として不完全燃焼だということにも気付いて、もう一度という気持ちになっていきました。復帰への思いを伝えるために市川先生を訪ねると、先生は詳しいことは聞かずに、お帰りと言ってくださり、復帰への道筋をつけてくださったんです」
 平成18年10月に市川氏の曲『海峡出船』で復帰を果たしますが、市川氏はその曲の発売直前に、そしてお兄さんは復帰の2年後に亡くなられました。
 「市川先生と兄がいなければ、今の私はありません。今もステージに立つときは兄がくれた手紙をお守りにしています。いつも穏やかな心で歌いなさいという先生の教えも忘れたことはありません」

悔し涙から学んだ思いを伝える大切さ

 平成28年、長年の夢であった紅白歌合戦に初出場。出場が決まった時はスタッフと共にうれし涙を流したという市川さん。
 「実はその前年、選ばれなくて悔し泣きをしました。この年は素晴らしい曲との出会いもあって充実していたし、初出場を期待してくださるファンも多くて。ダメだったことが分かってから、あるファンの方に言われたんです。私は紅白に絶対出たい!と由紀乃ちゃんが言ってくれたら、こっちも紅白に出られるように応援していこうという気持ちになるよと。その言葉を聞いて、そうだな、応援してくださる方のためにも、もっと自分の気持ちを伝えていかなきゃいけないなと強く思いました。それで昨年の年頭に今年は絶対紅白に出たいです!と初めて宣言したら、本当に夢がかなったんです」
 そして、さらに充実した1年間だったという平成29年も紅白出場が決定。2年連続で大みそかの晴れ舞台を踏みます。

芝居を交えたショーにも挑戦してみたい

 デビューから25年、着実に実力と実績を積んできた市川さんに今後の目標を伺うと、「仕事の面では、私はお芝居が好きなので、新歌舞伎座や明治座などで諸先輩がやっていらっしゃるようなお芝居と歌の二部構成の公演をいつかやってみたいです。プライベートでは結婚も考えていきたいですね。母が元気なうちに、この人と一緒に歩んでいきますと紹介して安心させたいので」
 多忙な市川さんですが、越谷の実家にはできるだけ顔を出し、お母さんと買い物に行くことも多いそうです。
 「変装は全然しないんですが、周囲の方にはあまり気付かれません。歌手の市川由紀乃を知っていても、越谷育ちとは知らない方がほとんどだと思うので、結びつかないのかも。この記事を読んで市民のみなさんが、同じ地元を持つ身近な存在と感じてくださったなら本当にうれしいです。街で見かけることがあったら、気軽に声を掛けてくださいね」

インタビュー記事のダウンロード

広報こしがや季刊版 平成29年冬号(平成29年12月15日発行)に掲載

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