更新日:2012年9月14日
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鉄道写真家 中井精也さん
鉄道というのは単に人を運ぶためのものじゃなくて、「日常の象徴」なんだということに気付いたんです
下の写真は、中井さんがよく訪れる市内の「いつもの公園」で撮影したものです。どこか郷愁を誘うふんわりとした写真です。中井さんがこのような写真を撮影するようになったきっかけなど、鉄道写真への思いを伺いました。
いつもの公園
プロフィール
1967年東京生まれ。越谷市在住。成蹊大学法学部卒、鉄道写真家の故真島満秀氏に師事。独立後、2000年に山崎友也氏と有限会社レイルマンフォトオフィスを設立。現在に至る。鉄道写真に何気ない日常を組み合わせた「ゆる鉄」シリーズを発表。日本写真家協会、日本鉄道写真作家協会会員。甘党。
ブログ「1日1鉄!」
いつもの公園
鉄分の濃い青春時代
「子どもの頃は、虫取りが好きでした。あと、スーパーカーブーム世代だったので、消しゴムも集めました」。父親からカメラをもらったときも、最初はスーパーカーを撮っていたとか。「いろいろ撮るなかで、中央線の201形が、当時すごく格好良く思えたんです。友達と電車を撮り始めたら、今度は収集欲が出てきて。中1で鉄道研究部に入りました。以降、『鉄分の濃い青春』を送っています」
「中2のときにあだち充の『みゆき』という漫画を見て、彼女を作ったんです。総武線の中で他校の女子に告白して。それで、彼女に電車の写真を見せるんですが、どうも受けが悪い。でも、きれいな風景が一緒に写っていたりすると、『行ってみたーい』とか言って喜んでくれるんです。そのときですね、『彼女にプレゼントしたときに引かれない鉄道写真』という『ゆる鉄』のコンセプトが決まったのは(笑)」
日常の大切さ
シャッターチャンスを待つ中井さん
先日、『DREAM TRAIN』という写真集のために、北海道の稚内駅から鹿児島県の枕崎駅まで、鈍行列車で出会った人の夢を聞いて写真を撮るということをやったんです。この旅で、普通の人たちの人生が、いかにドラマチックでかっこよくて美しいか、ということに気付くことができました。とても大きな収穫でした」
同時に、自分の送っている日常の大切さも再認識したといいます。「長年、岩手県の三陸鉄道を撮り続けているんです。東日本大震災の直後、自分がそんな弱い人間だとは思っていなかったんですが、精神的に参ってしまって。そんなとき、三陸鉄道が3月16日から無料の復興支援列車を運行させたんです。それが、ものすごくうれしかった。東京にも帰宅困難者が大勢いました。電車が動き出したらすごく安心した。ああ、これで何とかなると。同じことが全国で起きた。改めて、鉄道というのは単に人を運ぶためのものじゃなくて、『日常の象徴』なんだということに気付いたんです。僕は、自分の写真を通して、日常のすばらしさや人生の楽しさ、そして鉄道の魅力に気付いてもらえるような、そんな写真を撮り続けたいと思っています」
最後に。「いつもの公園」は秘密ですか、との質問に「大丈夫ですよ」と答えをもらいました。皆さんも、ここ出羽公園(七左町4の222)で「ゆる鉄」を楽しんでみてはいかがでしょうか。
出羽公園
広報こしがや季刊版 平成24年秋号(平成24年9月15日発行)に掲載
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